栃木県/塩見邸

 

蜜蜂のおすそわけ

 

 イタリアを中心に、ヨーロッパのアンティークを紹介する日々を送る塩見奈々江さん。住まいを定めた栃木・名草の里山で使い始めたのは、蜜蠟キャンドル。里山が薄闇に包まれる頃、蜜蠟ならではのやわらかい光が家に灯る。

 

キャンドルの光と炎が織りなす贅沢な時間に包まれて

 

 古道具を扱う私が縁あって明治時代の古家に出会い、何のゆかりもない、この関東平野の端っこにやってきたのは昨年のこと。少しずつ家に手を入れながら、いままでの都会とは全く異なる暮らしを始めた。

 里山の夜は商店の灯りも光り輝く看板もなく、街道沿いにポツポツと街灯があるだけ。それは以前暮らしていたフィレンツェの丘の上の情景が思いだされ、懐かしく、とても心地良い。家の中は土壁と濃い色の梁と天井で、実際以上に暗く感じる。そんな田舎では生の火は身近なもの。この家も昔は囲炉裏がきってあったようだが、今は大きな薪ストーブ。冬場は24時間焚き続ける暖房として欠かせない。時には食べ物の調理や保温、扉を開けて灯りとしても活躍してくれる。年が明けるころからは手元を暖め、お餅も焼ける火鉢も登場する。もちろんキャンドルも、そんな日常の火の一つ。その扱いは薪や炭より楽で、場所を選ばない生の火。

 本来、明るさを求めて灯されるのがキャンドルだが、私にはどちらかというと夜の薄暗さ、影を楽しむのがキャンドルの灯りだと思える。イタリアに暮らしてきて感じたことは、夜は家の中も外も日本よりずっと暗く、それが当たり前。必要なところだけを灯す。せっかくの夜なのだから、隅々まで明るく照らしてしまっては台無し。

 キャンドルを灯すというとクリスマスや誕生日などが思い浮かぶが、私にとっては年間通して使うもの。さすがに毎日灯しているわけではないが、たとえばふらっと立ち寄ってくれた友だちと気軽にお茶や食事のときなどに。家の中に限らず庭ででも。イタリアでは屋外でもキャンドルはよく使う。庭のないアパルタメントに暮らす人たちもテラコッタの屋根が見渡せる小さなベランダに椅子をだして、キャンドルの灯りでお酒を楽しんでいる。それは春・夏だけではなく、ジャケットを羽織りながら、ちょっと肌寒い11月1日のオンニサンティ(諸聖人の日)あたりまでよく見かける光景。

 

 

 

 

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